////////////////////////// *乙女ゲーイメージ *地の分多めのADV想定 ///////////////////////// 舞台。それは魔法の時間。 舞台。それは願いの叶う場所。 舞台。それはきらきら輝く夢の世界。 私が初めて舞台を見たのは、幼稚園の頃だった。 お母さんが商店街の福引で当てた、ミュージカルのチケット。 可愛いワンピースを着せてもらって、電車に乗って。 緊張しながら劇場へ行ったあの日のことを、私は今も覚えている。 真っ赤な絨毯に出迎えられて、少しだけ薄暗い客席に座って。 ドキドキしながら開演のベルを待った。 でも、もっとドキドキしたのは、ベルが鳴ってからのこと。 舞台の上で繰り広げられる世界に、私はすぐに夢中になった。 心弾む歌、踊り。そしてどこまでも届きそうな美しい声。 スポットライトに照らされた王子様が、指先を振るうたびにきらきらと、光が舞って見えた。 小さかったから、その頃はどんな話かも分からなかったけれど。 それから私は、ミュージカル――いや。 舞台を見るのが、大好きになった。 毎週毎週、学校がお休みになるたびに劇場に行きたがった。 もちろん。願いは叶わなかったけれど。 それでも少しずつ大人になって、色んなドラマや映画、アニメや舞台を見るようになって――演技の世界は奥深いことを知って。 ……私も、ああなりたいと、思うようになった。 きらきら輝く、美しい役者さんたち。 あんな風に私も、なれたらと。 引っ込み思案で、はっきりと物が言えなくて。 自分のすることに自信も持てないけれど。 いつか、いつか――。 そんなときだった。 私が、そのオーディションのことを知ったのは。 『塔央俳優養成所、入所オーディション』 全寮制の、敷地内には併設の撮影所や劇場、スタジオがあるという設備の整った養成所だ。 でも、惹かれたのはそこじゃない。 私が初めて見た舞台で、王子様の役をしていた俳優が、講師を務めると書かれていたのだ。 初めてミュージカルを見たときのように、私の心は高鳴った。 あの素敵な人の傍で、こんなに素敵な演劇の世界を学べるなんて――。 自信はなかった。 私には取り柄なんて何もない。 ただ、憧れだけがあるだけだ。 プロが直々に教えるという養成所だけあって、倍率もすごいと噂で聞いた。 それでも――挑戦するだけなら誰でも出来る。 私は、一縷の望みをかけて、オーディションに応募した。 そうして――……。 美月「ほんと、夢みたい……」 私は今、憧れの養成所の前に立っていた。 私の手には『合格通知』がある。 宛名は私の名前。高峰美月様。 思わず呟く。でも、夢じゃない。 これは現実の話。 憧れへのスタートを、私は今踏み出そうとしている。 一年間の寮生活。学業との両立は大変かもしれないけれど―― 美月「……頑張らないと!」 よし、と気合を入れる。 私はなる。なってみせる きらきら輝く役者に、素敵な人に――! 傍らに置いていた荷物を手にし、持ち上げて。 一歩を踏みそうとした――瞬間。 ???「ど、どいてどいて――――――っ!!!!!!!!」 美月「!?」 けたたましい悲鳴に振り返る。と、同時に。 ???「止まれぇ、俺の流星3号―――っ!!!!」 格闘ゲームのような掛け声。 きゅきゅきゅきゅきゅきゅとけたたましいタイヤのこすれる音がして、目の前をものすごい勢いで自転車が通り過ぎた。 思わず見送る。 自転車の運転手は、地面についた自らの脚を軸にドリフトし、そのまま――壁に衝突した。 ものすごい勢いで。 ???「だぁっ!?」 おかしな悲鳴をあげ、反動で地面に転がる運転手さん。 自転車の(よく見ればママチャリだった)カゴはべこべこに潰れていた。 美月「だ、大丈夫ですか?」 見過ごすことも出来ず、声をかける。 ???「ああ、うん。大丈夫大丈夫。俺、基本的に頑丈だから。なんかブレーキが壊れてたみたいで……って、それよりごめん!怪我は……」 言いかけて、顔を上げた運転手さんの動きが止まった。 大きな瞳。方々に跳ねた髪の毛。まるで大型犬を連想させる人懐っこい顔つき。 見覚えのない人。でも着ている制服は 美月(同じ学校の人だ……!) 私の着ているそれと同じ生地で出来ている。 どうやら、同じ学校の人がいるようで。この男の子もそう思ったのか、目を瞬かせている。 美月「あの」 ???「――高峰?」 美月「えっ」 ???「高峰、だよね。うわ、まじで?お前も、この養成所に?」 男の子は立ち上がり、制服のズボンを払うと嬉しそうに笑った。 にこにことした笑顔は明るくて。 何だか私まで笑ってしまいそうになる。 でも私はこの男の子のことを知らない。 美月「え、えと……あの、どちら、さまですか」 ???「――あ、そか。ごめん。知らない……よね。俺のこと」 男の子は苦笑すると、こほん、と咳払いを一つ。 真護「隣のクラスの、守森真護。よろしくな」 さらに眩しい笑顔を浮かべて見せた。 美月「は、はい。ええと高峰美月……です。あの、守森君はどうして……」 真護「ん?俺も役者になりたくて」 美月「あ、そうじゃなくて、どうして」 美月(私のこと、知ってるんだろう?) どうして隣のクラスの男の子が私のことを……? 真護「うへー……流星3号ぼこぼこだー……」 だが、守森君は質問には答えず、愛車の変わり果てた姿に嘆いていた。 真護「入所式が終わったら、修理に出すかー……」 じゃばらになった前カゴ。その破損具合を見ると、治る確率は低そうだったけれど……。 守森君には、擦り傷一つなかった。 美月(頑丈にもほどがあるんじゃ……) 真護「じゃ、俺。とりあえず自転車置いてくるから。また後で!」 真護「あ、うん。じゃあね」 けこんけこんとおかしな音を立てる自転車を引っ張って、守森君は敷地内に入っていく。 ともあれ、私も式が行われる劇場を目指すことにした。 敷地内には、劇場、スタジオ、撮影所の施設他に、寮や校舎のようなものまであるらしい。 とにかく広い。地図がないと迷ってしまいそうだ。 時折、機材を持ったスタッフさんとすれ違う。 プロもここの撮影所を使用しているらしいから、もしかしたらどこかで撮影をしているのかもしれない。 美月(芸能人とかにも……会えたりするのかな) ちょっとだけ、ミーハーな気持ちが湧いてくる。 美月(だめだめ、そんな浮ついた気持じゃ……) 美月「だめ、ぜったい!!」 「ぷっ、何あの子」 「やだー」 通りすがりに、くすくす笑われる。 ……どうやら声に出ていたらしい。 美月(……うう) 人と話も苦手で、ついつい自分の中で完結してしまうのが悪い癖……かもしれない。 美月(これも、治していかなきゃ) 改めて前を見据える。 その向こうに、劇場らしき建物が見えてきた。 少しだけ時代がかった洋館のような外観。塔央劇場。 よく見ると『入所式会場』と書かれている看板が立っている。 目的地はあそこのようだ。 ……と、その近くに小さな人だかりが出来ている。 学生と思えない年齢の女性や男性たちに、一人の青年が囲まれていた。 美月(……わ) 頭一つ分、飛び抜けている長身のその人は――とても格好がよかった。 思わず声に出しそうになる。 男の人にしては少し長めの黒髪に白い肌。整った顔立ち。 着ている服も黒で統一されているのが、また似合っていて。 美月(でも……どこかで見たことがあるような……?) あれ、と思っていると会話が聞こえてきた。 関係者A「オーディション合格おめでとう。これで君もさらにレベルアップだね」 関係者B「学校の許可が出たらさ、ウチのCMにも出てよ。頼んだよ!」 関係者C「雑誌の取材もね。ていうと、いつもの仕事と変わらないかもしれないけど」 美月(すごいなあ……もうお仕事の話を貰ってる人がいるんだ!) 経験者さん、なのかな? でも、青年の表情は変わらない。 無表情にも近い冷静な顔つきで。 美月(嬉しくないのかな……?) 何故か、そう思えた。 美月(と、立ち聞きしてる場合じゃないか。早く受付に――) 行こうと、輪に近づく。 その隣を通らないと劇場内には入れないからだ。 美月(邪魔にならないように……と) 関係者D「おお、はずま君!ここにいたのかね!」 美月「え?きゃっ……!」 後ろから走ってきた人が、思い切りぶつかってきた。 いきなりのことでバランスが崩れる。 美月「あっ……」 まずい、と思った時には体が傾いていて――何故か、先程の守森君のひしゃげた流星3号が頭をよぎった。 ざわ、と人垣が分かれる。 その向こうにはあの綺麗な男の人が―― 美月(ぶつかる!) 反射的に目を閉じる。 避けれてくれたら私が転げるだけで済むけど……ああ、でも会話の邪魔になっちゃうかも……!! 地面にぶつかるまでの数秒。私はそんなことを考えていたが…… 美月(あれ?) いつまで立っても、衝撃は訪れなかった。 美月(え、と?) ???「……」 ん、と。とても近くで吐息が聞こえた。 耳をくすぐるそれによく似た温度が、肩にもある。 おそるおそる目を開けば。 遠くから見た綺麗な顔が、すぐ近くにあった。 美月「……」 惚けてしまう。 一瞬、どういう状況になっているか、把握できなかった。 ゆっくり顔を動かして、見やれば。 私は、この男の人の胸に抱きかかえられていた。 美月「……っ、あ、ごめんなさい!」 意識した途端、頬が熱くなる。 どきどきして、心臓が痛いほどだ。 関係者D「ま、まったくだ。気を付けたまえ!」 とぶつかってきた人が声を荒げた。 ネクタイをきゅきゅ、と締め直して、私を睨んでいる。 美月(ぶ、ぶつかってきたのはそっちのくせに……っ) そう思いながらも 美月「す、いません……」 言い返せない。 悔しい、と思っていると、私を抱きとめてくれた男の人がきちんと立たせてくれた。 ???「……どこも痛くないか」 低い、抑揚のない声音。 けれどもう一度聞きたくなるような、滑らかな声。 例えるなら天鵞絨。艶めかしい低音に返事が少し上ずった。 美月「は、い。あの、ありがとう、ございました」 頭を下げる。すると、男の人は私の肩を抱いた。 ???「……式の時間なので、これで」 関係者D「あ、ああ、そうかい……」 ???「あと……彼女への非礼。覚えておきます」 関係者D「!」 彼の言葉に、その人の表情が変わる。 けれど、彼は振り返ることなく、私の肩を促して歩き出した。 そうして、劇場へ入る。 本来ならチケットのもぎりの場所に、受付があった。 柔らかな微笑を浮かべたスタッフさんが、名前をどうぞと言いながら名簿を見る。 美月「高峰、美月です」 スタッフ「高峰さん……はい。大丈夫です。入所、おめでとうございます」 言いながら、胸に花のコサージュを飾ってくれる。 白の薔薇に桃色のリボンがとても綺麗だ。 と、隣を見ると スタッフ「お名前をどうぞ」 ???「はずまれいじ、です」 スタッフ「はい、ではこちらですね。どうぞ」 同じように白薔薇に桃色の花をつけていた。 ふと気になって名簿を見る。そこには 『覇東玲人』 とあった。 美月(難しい名前……って、この人!) そうだ、と思いだす。 どこかで見たと思えば、雑誌で見たことがあるんだ! クールなルックスと長身が売りのモデルさん……だったと思う。 やっぱり経験者さんだったんだ。 でも、モデルをやっているのに、どうして養成所に……? 玲人「……先は、すまなかった」 と、覇東さんが口を開く。 玲人「迷惑を」 美月「あ、そんな。とんでもないです。私がぼうっとしてたから」 玲人「……ありがとう」 ふ、と。覇東さんが唇に笑みを浮かべる。 それはとても綺麗な微笑で。 美月「……こちら、こそ」 私はよく分からない返事をするのに、精一杯だった。 覇東さんと別れて、式場へ入る。 式場と言っても、そこは劇場。 奥に据えられた舞台を囲むように、座席が配置されている。 葡萄色のシート。 座席はどうやら自由のようで、数十人がすでに座っていた。 確か、定員は四十名。一クラスになるかならないかの人数で、これから一年頑張っていくのだ。 美月「え、と」 何処に座ろうか、と迷っていると ???「高峰」 名前を呼ばれた。 見るといつの間に来たのだろう。 通路側に座っていた守森君が、来い来いと手招きしている。 お言葉に甘えて近寄ると、嬉しそうに席をずらしてくれた。 真護「やっぱり顔見知りが傍にいると安心するからさ。隣、きてくんない?」 美月「あ、うん。じゃあ」 真護「サンキュ」 ああ。まぶしい笑顔だ。 さっきの覇東さんといい――なんでこんなに皆笑顔が素敵なんだろう。 私も。 私も頑張らないと。 真護「てか、高峰とこんなところで会えるとは思わなかったなあ」 少しだけ声を潜めて、守森君は言った。 美月「私だってそうだよ。同じ学校の人がいるなんて知らなかったし……守森君も演劇が好きなの?」 真護「演劇って言うか……まあ、似たようなもんだけど……」 美月「?」 真護「あ、こっちの話。とにかく体動かすのって、元気でるよな。俺もそんな風に、見てたら元気を分けられる俳優……っていうと恥ずかしいか。役者になりたくてさ」 へへ、とまた笑う。 今日初めて会ったはずなのに、守森君は優しくて。 とても話しやすかった。 美月(あ、そういえば) 私のことどうして知ってたのか、聞かないと―― 美月「あの……っ」 口を開いた、その時。 開演のベルがけたたましく鳴り響いた。 聞くだけで、胸の高鳴る音に、辺りが一瞬で静まり返る。 『ただいまより、塔央俳優養成所、入所式をとりおこないます。一同、起立!』 そうして。 聞く間もなく、入所式は始まった。 舞台の上にはマイク一本。 そこへ、舞台の脇から歩いてくる人影がある。 美月(――!!) その姿に、どくん、と。 鼓動が跳ねて、涙が出そうになった。 後ろ手に立つその人は――初めて私がミュージカルを見たとき、王子様を演じていたあの人。 この人がいるから、この世界を目指そうと思った俳優。 久遠寺統介。 憧れの人が、そこにいた。 柔和な笑み。メッシュの入った撫でつけた髪。 少し派手な色のスーツにネクタイも、ひどく様になる。 立っているだけ目を引く、天性の俳優。 彼は笑みを崩さず、後ろ手にしていた手をほどくとセッティングされたマイクを――横に避けた。 そして、ゆっくりと拍手してみせる。 黒の手袋越しの拍手は、劇場に大きく響いた。 ひとしきり拍手のち、優雅なしぐさでまた後ろ手になると 久遠寺「親不孝の諸君、入所本当におめでとう!」 深みのあるいい声で、とんでもないことを、口にした。 久遠寺「俳優には定まった仕事など、ないッ!定時に帰れる保証もなければ、有給、ボーナスもありゃしない!」 久遠寺「おまけに台本がなければ無職も同然危うく自宅警備員。そんな親泣かせな職業に就きたいと願う君たちは本当に――酔狂だ!」 だが、と久遠寺さんは言う。 後ろ手をほどいて、ゆっくりと手を差し出すしぐさは――抗い様もなく目を引き付ける。 久遠寺「それでもなお、演劇を愛し、この世界に飛び込みたいと願った勇気と覚悟は、何よりも尊く、賞賛に値する」 久遠寺「君たちはこれより、全ての善を良しとし、全ての悪を良しとする、役者になる。台本、台詞と言う文字列を、一人の生きた人間にまで昇華させる職人となる。よく学び、よく感じなさい。その全てが、君たちの糧となるだろう」 久遠寺「それを糧とし、勝ち続けなさい。勝ち続けた者にこそ、光は届く。君たちに光があらんことを」 久遠寺「私たちは光を望む君たちのために存在している。どんなことでも、聞きなさい。どんなことでも、ぶつかってきなさい。私たちは、そのために存在しているのだから」 マイクもなく、久遠寺さんは声を届かせる。 劇場いっぱいに広がるその声は朗々としていて、まるで、何かの演目を見ているような気分になった。 舞台に立っているのはただ一人。背景も音楽もないのに――一つの世界が出来上がる。 これが、本当の役者なのだろうか。 言葉もなく、ただ舞台上の久遠寺さんに見惚れる。 そうしていると、久遠寺さんは手を下して 久遠寺「まあ。そういうわけで、頑張るように。この世界、出たものが全てだからね。あのとき、ああしてりゃよかったにゃーとか言い訳、通用しないよ?おーけい?」 腕を組んで、小首を傾げる。 今までの空気が霧散するような、漫画のようなしぐさに微妙な気配が漂った。 久遠寺「……返事は!?」 途端、鞭のようにしなる一喝。 生徒一同「は、はい!」 ばらばらとだが、返ってきた声に 久遠寺「よろしい」 と久遠寺さんはまた微笑んだ。 久遠寺「とまあ、挨拶はこの程度。普通の学校じゃないからね。校長先生とか来賓の式辞とかないのよ。僕の話で、おしまいなんだけど、せっかくだし」 んふ、と久遠寺さんはおかしな声を上げて 久遠寺「四十人しかいないから。一人ずつ、自己紹介。ここでしてくれる?自己アピールしてね」 反対方向に小首を傾げる。 ね、とあとに(はあと)と見えたような気がしたが……いやいやいやいやいや! 美月(自己紹介!?舞台の上で!?) 考えもつかなかったいきなりの言葉に頭がパニックを起こす。 何を、何を言えばいいんだろう。 美月(アピールってことは……特技、とか?特技……特技……) 真護「だ、大丈夫?高峰。顔色がビリジアンっぽい……」 美月「うう、大丈夫、だと思う……けど、何も思いつかなくて……」 ピアニカ?リコーダー?あ、消しゴムハンコとか地味に得意なんだけど……。 美月(うう。どうしよう) と思っていると 久遠寺「じゃ、そこの子から。どーんと言ってみよう」 久遠寺さんはマイクを元の位置に戻すと手を叩き、一番前の席に立っていた人を指差した。 美月(一番なんて大変なんじゃ……) けれど。指されたその人は ???「ふん。この俺を一番指名とは。やはり見る目があるな、久遠寺」 酷く尊大なしぐさで、躊躇いなく立ち上がった。 白。 白の……コート? 目に入った背中は真っ白で、先程の覇東さんとは真逆の印象がある。 久遠寺「先生。でしょ、ここではね。ホントそれ直さないといつか干されるよ」 ???「はっ。干される程度の柔な才能など俺にはない!分かっているだろう、久遠寺」 言いながら、その人は舞台に上がった。 真白のコートが、スポットライトに映える。 プラチナブロンドに菫色の瞳。何より、気の強そうな鋭利な表情。 切れ長の瞳は不機嫌そうにマイクを睨むと、久遠寺さんと同じしぐさでスタンドを横に避けた。 そうして。 エーリヒ「桜庭=エーリヒ=ワイマール。いずれ世界を覇する者。この名、覚えておくがいい!」 自信満々に言い放った。 マイクを通さずとも劇場に響く声量は久遠寺先生にも負けず劣らず。 その姿からは、とてつもない自信が満ち溢れていた。 言葉の内容はよくよく考えれば傲慢だけど――そう発言してもおかしくないと感じさせるふるまいで。 美月(あ!あの人も、確かドラマで見たことが……海外ドラマだったような……) もしかして、周りは経験者ばかりなのだろうか。 途端に気持ちが萎縮してしまう。 頑張らないといけないという気持ちが、間違ったものではないかと不安が胸に立ち込める。 もしかしたら私は場違いなんじゃ……! 真護「すっげー……」 そのとき。隣に座る守森君が、小さな声でそう言った。 真護「あいつ、マジであんなこと言えるんだ。度胸あるよなあ。やっぱそうでなくっちゃな」 かっけえ、と守森君は目をきらきらさせていた。 久遠寺「……ったく。仕方ない子だね。まあ、やりたい放題やるのが僕たちのお仕事だから。それじゃ次――」 真護「はい!はい!俺!俺やります!!」 久遠寺先生はマイクスタンドを戻して言う。 すると、守森君がすかさず立って、手を挙げた。 久遠寺「おや。素直そうな子。よしよし、おいで。どんどん行こう」 真護「へへ、そうこなくちゃ」 美月「守森君」 真護「高峰、お先に!」 軽やかに守森君が走り出す。素早く階段を駆け上がったかと思えば 美月(――あ!) たん、と踏み切って、その場で高々とバク転してみせた。 重力を無視をして、くるりと一回転。そして完璧な着地。きりっとポーズを決める。 そのまま、リズミカルに立ち上がるとマイクを掴み 真護「守森真護です!」 真護「体を動かすことが大好きで、見てるだけで皆に元気を出してもらえるようなはいゆ……あ、役……」 真護「いいや」 真護「――ヒーローに、なりたいと思っています!!」 真護「よろしくお願いします!」 キィ――ン、と。最後、音割れする挨拶。 しまった、と守森君は顔をひきつらせて、後ろを振り返る。 真護「す。すいません」 久遠寺「マイクの使い方は要練習、だね。ま、頑張ろう」 久遠寺さんは苦笑して守森君を見ていたが、どことなく、楽しそうにも見えた。 その守森君の勢いで、皆も勢いづいたのか。 一人ずつ、壇上へと上がっていく。 歌う人、踊る人、特技を語る人、夢を語る人――色んな色んな言葉が舞台から届けられる。 その中には先程の覇東さんもいた。 言葉少なだが、その立ち振る舞いは圧倒的な存在感があって。 また一人、また一人と舞台に上っていく。 何を話そうか、迷っているうちに――…… 久遠寺「……さて。自己紹介していないのは、あと一人」 最後は、私だけになってしまった。 皆の視線が私に突き刺さる。 久遠寺さんは、柔らかな笑みを浮かべていた。 久遠寺「さ。君が終わらないと式も終わらないよ。おいで」 美月「あ……」 久遠寺「それとも、こんなところで怖気づいて終わりにする?何もせずに、君は帰っちゃうのかな」 何もせず終わる? ――それは、嫌だ。 反射的に、私は立ち上がっていた。 でも、何が出来るでもない。震える脚で、舞台へ向かう。 真護「頑張れ。高峰」 こっそりと守森君が励ましてくれた。 笑みを返して、一歩。一歩を進む。 こんなに緊張しながら歩いたことなんてないかもしれない。 よろけながら、階段を踏みしめて、舞台に上がる。 少し向こうには憧れの久遠寺さん――久遠寺先生が笑っている。 とにかく。 とにかく名前だけでも言わなくちゃ。 そう思いながら、振り向いた――瞬間。 光が、降り注いだ。 美月「……あ」 顔を上げると、さらにきらきらした光が降ってくる。 ……それは、スポットライトの光。 見たこともないような、綺麗な、綺麗な―― 久遠寺「舞台に上がるのは、初めて?」 ぼうっとしていると久遠寺先生が言った。 こつ、と。靴の音が舞台に響く。 美月「は、はい」 久遠寺「初めての人はね、誰でもこうなると思うよ。ああ、なんてここはきれいなんだろうって」 久遠寺「本当はただのスポットライトなんだけど。でも、本人にとってはそうじゃない」 久遠寺「ここに立つ充実感、全能感。緊張と興奮。鼓動は早くなって、目が熱くなって」 久遠寺「そうして思うんだ」 久遠寺「もう一度、ここに立ちたい、って」 久遠寺「……いつしかその誘惑から逃れられなくなる」 久遠寺「見てごらん。客席を」 肩を抱かれて、振り返る。 少し薄暗い客席と、明るい舞台。まるで朝と夜のような。 久遠寺「こうしていると、自分さえもきれいになったような気持ちになれる。描いた理想の自分になれた気がする」 久遠寺「不思議だろう?君は何も一つ変わっちゃいないのに。君は、ここに立つのをためらって、最後まで居残ってしまった意気地なしさんだ」 久遠寺「……もうここから降りたいと思う?」 久遠寺先生の問いかけに、首を横に振るう。 すると久遠寺先生は深く頷いて 久遠寺「なら、その気持ちを言葉にしてごらん。それが、君の自己紹介だ」 私の背中を押してくれた。 マイクが私に向けられている。 声を届かせてみなさいと、言うように。 息を呑み、大きく深呼吸をひとつ。 美月「――高峰、美月、です。よろしく、お願いします」 精一杯の気持ちを告げた。 声は震えてみっともなかったけれど。 ……それは私の確かな第一歩で。 おそるおそる横を見やれば、久遠寺先生が小さく手を叩いてくれていた。 よろよろと席に戻る。 シートに腰を落ち着けた途端、体から力が抜けた。 はあ、と大きな吐息が出そうのをこらえていると、肩をポン、と叩かれる。 親指を立てて、守森君が笑顔を向けていた。 美月「……ありがとう」 へら、と。 情けない笑顔しかできなかったけど守森君はぐっじょぶ、と言ってくれた。 //終了